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神戸地方裁判所 平成4年(行ク)3号 決定

申立人 甲野一郎

右法定代理人親権者父 甲野太郎

同母 甲野花子

右申立人訴訟代理人弁護士 吉川正昭

同 坂本文正

同 野口勇

相手方 神戸市立工業高等専門学校長 村尾正信

右相手方訴訟代理人弁護士 俵正市

同 重宗次郎

同 苅野年彦

同 草野功一

同 坂口行洋

同 寺内則雄

同 小川洋一

主文

本件各申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

一  申立人の本件各申立ての趣旨及び理由は、別紙申立の趣旨及び申立の理由記載のとおりであり、これに対する相手方の意見は、別紙意見書記載のとおりである。

二  処分の存在について

1  本件記録によれば、申立人は、平成二年四月一〇日に神戸市立工業高等専門学校(以下「神戸高専」という。)に入学した者であり、相手方は、同校校長であること、相手方は、平成四年三月二三日、申立人を同月三一日付けをもって神戸高専の第二学年に進級させない旨の措置(以下「本件進級拒否処分」という。)をし、さらに、同月二七日、申立人を同月三一日付けをもって神戸高専から退学を命じる旨の処分(以下「本件退学処分」といい、本件進級拒否処分と併せて「本件各処分」という。)をしたこと、そこで、申立人が本件各処分は違法であるとしてその取消しを求める本案訴訟(当庁平成四年(行ウ)第二一号事件)を提起していることが一応認められる。

2  相手方は、本件進級拒否処分(但し、相手方は、原級留置処分と称している。)はなかったと主張し、その理由として、神戸高専では連続して二回原級にとどまることはできないが、申立人は平成二年度も進級拒否処分を受けているからもはや原級にとどまることはできないこと、そのことは退学の理由となるから相手方の平成四年三月二三日付けの判定は退学処分の前提としての意味しかなく、直接申立人の権利義務を形成したり範囲を確定するものではないことなどを挙げている。

3  たしかに、本件記録によると、後に詳述するとおり、神戸高専には連続二回原級にとどまることはできず、連続二回の原級留置が退学理由となると定めた規程があり、申立人は平成二年度にも進級拒否処分を受けていることが一応認められ、平成三年度においても進級が認められないことになると、申立人はもはや第一学年にとどまっていることもできなくなり、そのことが校長のする退学処分の要件となることは相手方主張のとおりである。

しかし、右の規程はあくまで二年連続して原級にとどまっていることができないということを規定しているだけで、処分として二回連続の原級留置をすることまでも禁ずる趣旨と解することはできず、現に連続二回の原級留置処分が退学処分の要件となると規定されていて連続して二回原級に留置する処分をすることも予定されていると解することも十分に可能であるから、右規程を根拠として、本件進級拒否処分の存在を否定することはできない。また、相手方が申立人主張の日に進級認定会議の審議を経て申立人を第二学年に進級させない旨の決定(判定)をしたことは当事者間に争いがなく、この決定によって、申立人は、神戸高専の第二学年に進級することができなくなり、その結果、前年度も進級拒否処分を受けているためにもはや第一学年にもとどまることができないという不利益を受けることになったということができる。

4  したがって、申立人を第二学年に進級させない旨の決定は、本件退学処分の前提となる要件でもあるが、他方、申立人の第二及び第一学年で教育を受けることができる権利を直接失わせるという効果を有するものであることも否定することはできないから、この決定自体も退学処分とは別個の行政処分であると解するのが相当であり、本件進級拒否処分がなかったという相手方の主張は採用できない。

三  回復の困難な損害の存在について

1  相手方は、申立人が本件退学処分によって生じる不利益として挙げる各事実は退学処分の内容そのもので、通常だれにでも生ずるようなものであり、回復困難な損害ということはできないと主張する。

2  たしかに、申立人が主張する不利益は、進級拒否処分及び退学処分に通常付随するようなものであることは、相手方主張のとおりである。

3  ところで、行政事件訴訟法二五条に定める執行停止の制度は、行政処分取消しの訴えが提起されてもその処分の効力等に影響がないという原則のもとで、その原則を貫くと処分を受けた者が取り返しのつかない重大な損害を受けて後に本案について勝訴判決を得ても処分を受けた者に対する救済とはならないようなおそれがあるような場合に、本案判決がされるまでの間その処分の効力等を停止することを認める制度である。それゆえ、その要件として要求される「回復の困難な損害」とは、後に本案について勝訴判決を得てその処分が取り消されたとしても、それでは当事者の救済として全く意味がなくなってしまうような場合又は終局的には金銭賠償が可能でも社会通念上そのことだけでは受けた損害が填補されないと認められるような著しい損害が予想される場合のことをいうと解することができる。そして、このことは、そのような種類・程度の損害でありさえすれば、それが処分によりほとんどの人に当然生じるようなものであったとしても変わるところはないはずである。したがって、処分を受けた者が受ける損害が右のような場合に当たると認められるものであるならば、それが処分の内容そのもの又はほとんどの人に当然生じるような損害であったとしても、行政事件訴訟法二五条二項にいう回復の困難な損害に当たると解するのが相当である。

そして、このように解したとしても、処分があれば直ちに回復の困難な損害があるということになるわけではなく、当該処分の内容又はそれによって生じる結果が回復の困難な損害に当たるかどうかの判断をすることは必要であるから、回復の困難な損害という要件を骨抜きにするようなおそれはないということができる。また、行政処分の執行等を停止するためには、それ以外にも、積極的な要件として「(損害を避けるため)緊急の必要があるとき」であること並びに消極的な要件として「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」及び「本案について理由がないとみえるとき」の両要件に当たらないことが必要であるから、行政処分執行不停止の原則に反するものということはできない。

したがって、行政処分の内容そのものだから回復困難な損害に当たらないという相手方の主張は採用できない。

4  そこで、本件各処分によって回復の困難な損害が生じたかどうかについて検討する。

本件記録によれば、申立人は、神戸高専に入学し、真剣に学業に取り組み、体育以外の科目については優秀な成績を修めていたが、相手方の本件進級拒否処分によって、平成四年度に神戸高専の第二学年で学習することができなくなり、平成二年度にも進級拒否処分を受けていたため退学理由に該当し、本件退学処分を受けたことが一応認められる。以上の事実によれば、申立人は、真剣に学業に取り組んでいるにもかかわらず、本件進級拒否処分によって前年度に引き続き第二学年に進級することができず、経済的負担や精神的苦痛を受けるだけでなく、本来入学二年目に受講するのが望ましい等二学年のカリキュラムを相応しい時期に受講することができなくなるという不利益を受け、後者については、後に本件進級拒否処分が取り消されたとしても、もはや第二学年の講義を相応しい時期に受けるということはできないのであるから、回復の困難な損害であるということができる。また、本件退学処分についても、同処分によって神戸高専の学籍を剥奪され同校の教育課程を履修することができなくなるのであるから、本件進級拒否処分と同様、後に本件進級拒否処分が取り消されたとしても、もはや第二学年の講義を相応しい時期に受けるということはできないのであり、回復の困難な損害であるということができる。

四  「本案について理由がないとみえるとき」について

1  本件各処分の経緯等について

(一)  本件記録によれば、神戸高専における進級及び退学に関する手続並びに本件各処分に至る経緯等について、次の各事実を一応認めることができる。

(1) 神戸高専では、進級の認定は、進級認定会議の審議を経て校長がすることになっているが、進級の認定を受けるためには当該学年において修得しなければならないとされている科目の全部について不認定のないことが必要である(学業成績評価及び進級並びに卒業の認定に関する規程(以下「進級等認定規程」という。)一二条)。科目が不認定とされるのは、科目担当教員が、生徒の学習成績(学習態度及び出席状況等の総合評価)と試験成績とを総合して一〇〇点法で評価した学業成績(進級等認定規程五条)が五五点未満の場合である(進級等認定規程八条)。そして、不認定が一科目でもあるため進級を認定されない者は、原級留置とされ(進級等認定規程一四条)、その学年の授業科目全部を再履修することとなる。

また、休学による場合のほか、連続して二回原級にとどまることはできず(進級等認定規程一五条)、校長は、連続二回原級に留め置かれた者に退学を命じることができる(退学に関する内規、神戸市立工業高等専門学校学則(以下「学則」という。)三一条)。

(2) 神戸高専では、体育は、全学年の必修科目とされているが、同校では、平成二年度から第一学年の体育の課程の種目の中に剣道を取り入れた。剣道は、同年度において、クラスにより、第一学年の前期又は後期のいずれかに実施されたが、剣道には、いずれのクラスにおいても、各期のうち七〇点が配分され、したがって、その配点の割合は、第一学年の体育全体の三五パーセントを占めていた。

(3) 申立人は、剣道を実技種目とする体育の授業時間の当初の準備運動には参加したが、その後の剣道の実技には、教員の説得にもかかわらず参加せず、自主的に見学するのみであった。

申立人が剣道の実技に参加しなかったのは、申立人が加入している宗教団体「エホバの証人」の教義に従い、格技はすべきでないと考えていることによるものであった。

学校側では、申立人及びその保護者に対し、剣道の実技を受講するよう説得したが、申立人はこれを受け入れるに至らなかった。

(4) 剣道の実技に参加しなかったことにより、申立人は、平成二年度の剣道を含めた第一学年における体育について五五点未満と評価され、体育の単位が認定されなかった。

そこで、学校側は、進級認定会議を経て、体育不認定者に対する救済措置として剣道の補講を実施したが、学校側の説得にもかかわらず申立人がこれを受講しなかったため、相手方は、平成三年三月二五日、前記規程に基づき、申立人を第二学年に進級させない旨の措置(以下「前年度進級拒否処分」という。)をした。

(5) 申立人は、平成三年度においても、エホバの証人の教義に従い剣道の実技に参加せず、補講も受講しなかったので、同年度における剣道を含めた第一学年の体育について五五点未満(四八点)と評価され、前年度に続いて体育の単位が認定されなかった。そこで、相手方は、平成四年三月二三日、前年度進級拒否処分と同様の理由で、本件進級拒否処分をし、さらに、同月二七日、前記規程に従って本件退学処分をした。

(二)  以上のように、本件各処分は、体育の単位が認定されなかったことが、その重要な要件になっている。

ところで、高等専門学校の教育課程において、ある科目について単位を認定するかどうかは、教科担当者の極めて専門的かつ教育的な価値判断に属する行為であって、その見地から担当者に相当に広い裁量権が認められていると解されるが、その裁量権の行使に逸脱又は濫用があると認められるときには、右単位の不認定が違法とされることはいうまでもない。

(三)  本件では、右認定のとおり、申立人は、その信仰する宗教の教義に従い、格技である剣道の実技に参加しなかったため、体育の単位を不認定とされ、進級拒否処分及び退学処分を受けたものであるところ、体育の単位不認定に関して、格技の実習に参加しなかった理由が宗教上の信条に基づく場合にも、特別の扱いをせずに通常の不参加と同様の扱いをすることをもって、裁量権の逸脱又は濫用に当たるといえるかどうかが問題となる。

2  剣道を必修とした根拠について

(一)  申立人は、格技の実習に参加を強制されることにより信教の自由が侵害された旨主張する。たしかに、憲法二〇条に規定されている信教の自由は、基本的な人権として、内心にとどまる限りその保障は絶対的なものといわなければならない。

しかしながら、本件のようにそれに基づいて法的義務や社会生活上の義務の履行を拒絶するなどそれが外形的行為となって社会生活と関連を有する場合には、宗教的に中立的な一般的法義務による必要最小限の制約を免れることができないこともまたいうまでもない。

(二)  そこで、剣道履修の義務を生徒に負わせることの当否について検討する。

(1) 本件記録によると、高等専門学校において一般科目として体育を必修としたことは、高等専門学校を所轄する文部大臣(学校教育法七〇条の八、六四条)がその教育課程の大綱として定めた高等専門学校設置基準(以下「設置基準」という。)に基づくものであると一応認められ、この点について、特に違法不当な点を窺うことはできない。

(2) 次に、その体育の種目のひとつとして剣道を選択したことが違法か否かを見るに、必修科目である体育の授業の教育内容をどのようにするかについて、教師に完全な自由を認めることができないのはいうまでもないが、他方、教育的な見地からの専門的価値判断が必要な行為でもあるから、一定の範囲内で教師側の裁量が認められることも否定できない。

本件記録によれば、高等専門学校における授業科目及び単位数について、高等学校における学習指導要領に相当するものは存在せず、文部大臣が教育課程の大綱として前記設置基準を定め、これを各高等専門学校で具体的に展開していく際の参考とするため、昭和四三年三月に行政指導という形で示された高等専門学校教育課程の標準(以下「教育課程の標準」という。)や昭和五一年七月二七日に出された「高等専門学校の設置基準及び学校教育法施行規則の一部を改正する省令について」という文部省大学局長通達があるにすぎないこと、その中で、右設置基準において授業科目として列挙されている体育の種目中に柔道、剣道等の格技も掲げられているが、そのいずれを採用すべきかを定めた規程は、右設置基準はもちろん、教育課程の標準や大学局長通知の中にも存在しないことが一応認められ、体育の種目として何を採用すべきかは、各高等専門学校の自主的判断に委ねられているものと解することができる。

(3) これに対し、本件記録によれば、学校教育法四三条、同法施行規則に基づいて文部大臣が告示した現行の昭和五三年の高等学校学習指導要領(以下「現行要領」という。)においては、格技は、主として男子に各学年で一つを選んで指導するものと規定し、現行の高等学校学習指導要領の特例により、それによってもよいとされる平成元年の高等学校学習指導要領(以下「新要領」という。)には、種目の選択の際には武道かダンスのどちらかを含むようにすることが規定され、また、現行要領と新要領のいずれにも格技(武道)の種目のひとつとして剣道が規定されていることが一応認められる。

(4) このように、高等専門学校と高等学校との間において、履修すべき教育課程の内容等につき文部大臣の指針に差が見受けられるのは、普通教育を行う高等学校に対し、設置された歴史も新しく、かつ、科学技術の絶えまない進展を常に取り入れていかなければならない高等専門学校の教育課程については、具体的かつ詳細な指導要領を不変のものとして定めるよりも、その大綱を示し、その中で各学校毎に時代に即応した適切な指導を行うことができるようにし、もって、高等専門学校教育の充実を図ろうとしたものであると考えられる。このように、文部省の指針に差が見受けられるとしても、体育等の一般科目については、高等学校と高等専門学校との間で、後期中等教育における普通教育を行うという点では共通のものと考えられるから、その内容面において、高等学校の学習指導要領に定められているところを、高等専門学校において参考とすることも決して誤りではない。

(5) 前記のとおり、高等学校においても格技(武道)を選択することができると定められているうえ、剣道は、それ自体宗教と全く関係のない性格を有し、健全なスポーツとして大多数の一般国民の広い支持を得ているのは公知の事実であるから、その剣道を、文部大臣から示された教育課程の標準を参考にして必修種目とした神戸高専の措置には、何ら裁量権の逸脱を認めることはできない。

なお、申立人は、現行要領では格技は必修となっていたが、新要領では必修科目でない取扱いができるようになったので、この改正には十分留意すべきであると主張するが、これは、武道の扱い方に対する文部省の見解の変化というよりも、むしろ、現行要領における男子は格技で女子はダンスという規定の仕方に問題があったため、新要領で武道かダンスのどちらかを含むようにというように規定の仕方を変えることに重点があったと解されるので、この違いを武道の取扱いに際して過度に強調すべきではないと思われる。

(6) また、本件記録からは、宗教団体「エホバの証人」を嫌悪して特に剣道を必修としたような特段の事情も窺うこともできないから、神戸高専において必修科目の体育の種目として剣道を選択したことに裁量権の濫用があったということはできず、このことは、前年度まで剣道が必修となっていなかったとしても同様である。

3  申立人の受けた不利益について

(一)前記認定事実及び本件記録によれば、申立人は、その所属する「エホバの証人」という宗教団体の教義に従い、格技をスポーツとして許容することはできず、たとえ学校の体育の種目としてでも参加すべきでないと考え、剣道の授業の際に準備体操にだけ参加し、その後は武道場の隅で自主的に見学していたところ、前述のように、平成二年度及び三年度の第一学年の体育の単位の認定を受けられず、二年連続して進級拒否処分を受け、退学処分を受けたことが一応認められる。

(二)  以上のことから判断すると、当該履修義務自体は信教の自由を制約するためのものではないものの、申立人は、自己の信教上の信条を貫くには、剣道の実習に参加することができないという立場に置かれ、剣道実習への参加の強制は、実質的には格技を禁ずる教義に反する行動を事実上強制したと同様の結果となり、そのため、申立人の信教の自由が一定の制約を受けたことは否定することができない。

また、申立人は、実習にこそ参加していないが、準備体操までは一緒に行い、その後も、自主的にではあるが剣道の実技を見学していたところ、その態度について剣道不参加と判断され、体育の単位が不認定となり、進級さえもできず、さらには退学処分を受けるという重大な結果が発生しているということができる。

(三)  しかし、相手方が必修種目として申立人に履修を求めたのは、健全なスポーツとして大多数の一般国民の広い支持を得ている剣道であるから、兵役又は苦役に従事することを求めたような場合と比べ、その信教の自由を制約する程度は極めて低いといわざるを得ない。

また、神戸高専における体育科目の担当者は、体育の成績を評価するに当たり、剣道の実技への参加を拒否したという理由だけで体育の単位を不認定としたわけではなく、体育の単位の認定は、その一年間における授業や試験に基づく総合評価によって行われるのである。そして、体育の担当者は、剣道について、準備体操の五点(第一学年全体でみると二・五点)についてだけ評価をし、現実に参加していない剣道実技について評価しなかっただけであり、申立人としては、第一学年で予定されているその他の種目について約八割の点数を獲得すれば単位の認定を受けることができることになる。このことは、かならずしも容易なことではないが、決してまれな事態ではなく、本件記録によれば、現に平成三年度においては、第一学年の剣道実技の受講を拒絶する学生は一五人いたものの、うち一〇人は体育の単位を得たこと、申立人と同様に平成二年度に剣道実技の受講を拒絶して体育の単位が不認定となり、第一学年に原級留置となった学生は、申立人を含め五人いたが、平成三年度においては、うち三人が剣道実技の受講を拒否したにもかかわらず、体育の単位を得たこと、が一応認められるから、この相手方の措置が申立人の信教の自由に与えた制約の程度はそれほど高いわけではないということができる。

(四)  さらに、神戸高専は義務教育を行う学校ではないところ、申立人は自らの自由意思で入学したのであるから、その入学した神戸高専の存立及び活動等を保護するための内部規律によって、申立人の権利も一定の制約を受けるのはやむを得ないということができる。とりわけ、本件記録によると、相手方は入学の説明等に際して、申立人を含む受験希望者らに対し平成二年度から剣道が必修になることを周知させる措置をとっており、申立人はそれを承知のうえ入学したのであるから、なおさら体育の単位不認定に関する申立人の信教の自由に対する不利益の程度は低いということができる。

(五)  以上を総合すると、必修科目である体育の種目として剣道を採用したこと、その評価の割合を定めたこと等は、指導要領の大綱を示し、その中で各学校毎に時代に即応した適切な指導を行うことができるよにし、もって、高等専門学校教育の充実を図ろうとした趣旨に沿うものであって、その趣旨を貫徹するため申立人の信教の利益が受けた前記不利益と比べて著しい不均衡があるということはできない。

4  代替措置等について

(一)  逆に、剣道の実技に参加していないにもかかわらず、信教の自由を理由として、参加したのと同様の評価をし、又は、剣道がなかったものとして六五点を基準として評価したとすれば、宗教上の理由に基づいて有利な取扱いをすることになり、信教の自由の一内容としての他の生徒の消極的な信教の自由と緊張関係を生じるだけでなく、公教育に要求されている宗教的中立性を損ない、ひいては、政教分離原則に反することにもなりかねない。教育基本法九条一項に定める宗教に対する寛容等も、あくまで、この宗教的中立性を前提とするものであり、宗教に教育上の理由に対して絶対優先する地位を認めるものでない。

(二)  また、信教上の理由で、必修科目について履修を免除することになると、学校側が、履修拒絶が宗教上の理由に基づくものかどうか判断しなくてはならなくなるが、そうすると、必然的に公教育機関である高等専門学校が宗教の内容に深く係わることになり、この点でも、公教育の宗教的中立性に抵触するおそれがある。

なお、申立人は、宗教を個人の究極的関心事にかかわる心情及び体験と定義して、宗教かどうかの判断を高等専門学校が行うことは排除すべきであると主張するが、そうすると、宗教の定義よりも、より個人の内面に深く立ち入って、その心情が妥協を許さないものかどうかの判断を学校側にさせることになるから、このような見解は採用することはできない。

(三)  次に、本件記録によれば、申立人及びその保護者は、再三にわたり格技以外の代替種目の履修又はレポートの提出等の代替措置の実施を学校側に申し入れたが、学校側は剣道の補習以外は認めない方針を堅持し、申立人がレポートを提出したが受領に拒絶されたことが一応認められる。

また、本件記録の中には、他の高等学校又は高等専門学校において、格技に参加しなかった者について、見学、レポート、ランニング又はサーキットトレーニング等の代替措置を実施し、単位を認定したものがあるとの調査結果をまとめた書面が存する。

(四)  しかしながら、そのような代替措置をとることも、前述のように、剣道に参加したのと同じように扱い又は剣道がなかったかのように扱うのと同様に、信教の自由を理由とする有利な扱いであり、さらに、代替措置の実施、安全確保等に人員や予算の確保が必要となるのであるから、これらの代替措置をとらない限り違法であるということはできない。他方、学校側は、前年度から、申立人及びその保護者に対し、繰り返し、剣道の実技を受講するよう説得を行い、また補講の機会を与えてきたのであって、教育者としてこの間無為に過ごしてきたものではない。

(五)  以上のとおりであって、相手方が信教の自由を理由として剣道実技を受けていないにもかかわらず受けたに準ずるような評価をしたりレポートその他の代替措置を講ずることなく行った一連の相手方の措置ないし行為が、申立人の信教の自由をある程度制約したことは否定できないが、信教の自由全体、特に公教育の宗教的中立の要請から見ると、決して許容できない措置であったということまではいえない。

5  以上のように、申立人の受けた信教の自由に対する制約は、必要やむを得ないものであると認められるから、相手方の体育の単位不認定の措置には、裁量権の逸脱を認めることはできない。

6  本件各処分について

前述のように、相手方が進級の認定をするためには、一科目でも不認定の科目があってはならないところ、申立人は体育の単位が不認定となり、その単位不認定について裁量権の濫用もなく違法な点がないのであるから、相手方は進級を拒否せざるをえなかったのであり、本件進級拒否処分にも何ら違法な点はない。

また、退学処分についても、前記認定のとおり、進級等認定規程一五条は休学の場合以外は連続二回原級にとどまることはできないとし、学則三一条は、連続二回原級に留め置かれた者は、退学処分の対象となるとしているのである。したがって、申立人が前回進級拒否処分に続き平成三年度も本件進級拒否処分を受けた以上、相手方としては、申立人が自主退学に応じない限り、神戸高専における内部規律を定めた進級等認定規程一五条、学則三一条に従い、退学処分をせざるを得なかったのであり、本件退学処分についても、違法ということはできない。

7  教育を受ける権利について

申立人は、さらに、教育を受ける権利、学習権が侵害を受けたと主張する。

憲法二六条は、子供の学習権を規定しており、教育はその権利の充足を図りうる立場にある者の責務と解されるが、そのことから、教育内容を誰がどのように決定するかが当然に導き出されるわけではなく、国の定める大綱に従って教師が裁量的に決定すべきものであることは、前述したとおりである。そして、神戸高専においては、裁量権の逸脱及び濫用もなく、教育内容が適正に決定され運用されているのであるから、そのために、不利益が生じたとしても、学習権が侵害されたということはできない。

(8) そして、他に本件各処分が違法であることを窺わせるに足りる疎明はないから、申立人の本件各申立ては、行政事件訴訟法二五条三項後段の「本案につき理由がないとみえるとき」に該当するものというべきである。

五  よって、その余の点につき判断するまでもなく、本件各申立ては理由がないからこれを却下することとし、申立費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 辻忠雄 裁判官 吉野孝義 北川和郎)

〈以下省略〉

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